特定非営利活動法人 日本介護経営学会設立趣意書
2000年4月の介護保険制度発足以来、介護サービス事業は目覚ましい成長を遂げ、また各種の新しいサービスも開発されてきました。とはいえ現在の到達点で満足するわけにはいきません。なぜなら、介護保険の理念たる「尊厳ある自立の支援」「利用者本位」「利用者による選択・自己決定」が実現したとは言い難いし、今後の重要な目標である地域包括ケアの展開はまだ一部の地域にとどまるからです。さらに介護サービスの対象者について、高齢要介護者だけではなく、障害をもったすべての年齢の人々を含むに至っていません。
上記の理念と目標に近づくような介護事業を各地に根付かせるための一助として、介護経営のあり方を科学的に研究する意義は大きいと考えます。われわれは、そうした研究や討議の活発化を図るべく、「特定非営利活動法人 日本介護経営学会」の設立を企画し、研究者・実務家・自治体職員・その他関係者に参加を呼びかけることにいたしました。学会設立の目的は、介護保険事業の経営に関心を有する全ての者に対して、介護経営等の教育指導、情報提供、調査研究に関する事業等を実施し、わが国における介護保険事業及び障害児者施策を含む関連保健医療福祉事業の経営に関する学術研究の発展を図り、介護関連事業等の効率的な経営によって国民の福利に資し、もって国民の福祉の増進に寄与することです。
設立後の学会での検討を経て「介護経営学」の定義を明らかにしてくことになるでしょうが、ここでは発起人の間で議論された研究課題の候補例を列記し(下記以外を排除するものではない)、日本介護経営学会が扱うテーマの範囲に関するイメージを伝えてみようと思います。
Ⅰ 多様な連携を視野に入れた経営戦略
① 経営体としての理念およびミッション:「介護サービスとはどのような財か」にかかわる共通認識の醸成を元に
② ガバナンス(=組織の統治):内部統制・各種ステークホルダーとの関係・法令遵守・情報開示など
③ 経営戦略:一般の戦略論および戦略的提携のあり方と提携相手との情報共有策
④ 情報システム
Ⅱ 個別介護事業の経営管理
⑤ マネジメント・コントロール・システム:インセンティブ・システムの設計
⑥ 新規サービスの開発とマーケティング
⑦ 顧客サービス:特に質の向上策と利用者の選択権の保障
⑧ セイフティ・マネジメント:介護事故の防止および発生時の対応策
⑨ 生産性向上:業務の標準化とその管理・教育研修・IT化など
⑩ 人事労務:働く人への視点(雇用者満足・就業形態等)をベースに
⑪ ファイナンスと会計:収益管理・原価計算など
Ⅲ 介護市場をめぐる問題点の分析
介護保険制度は「介護ニーズをもつ人々に対し期間制限なしに月々一定額の支払能力を付与し、要介護者が自らサービスを選んで購入できるようにする」機能を担っています。よって、保険給付の下でのサービス需給が展開される介護市場の基盤整備とルールに関する研究・討議も欠かせません。
⑫ 準市場論:需要側と供給側だけで成り立つ一般市場との違いの明確化。介護市場では保険者(ひいては被保険者)も意思決定主体として関与する。
⑬ 介護報酬論:フェアリターン論や報酬のユニットなど
⑭ 産業組織論:基盤整備のあり方や営利・非営利の役割と位置づけなど
介護保険サービスの提供体制は、公的保険制度と税によって支えられた社会的共通資本の一部です。したがって、介護経営にはより上位の社会目的が存在します。それは人権=尊厳の維持と、安心して生きられる社会への貢献に他なりません。また、個々のサービス提供者は孤立して存在しているのではなく、地域ケア体制の中で事業を行うべきです。地域に対する責任を果たし、地域社会からの付託に応ずることに存在価値の基盤を置く必要があるのです。そのためには、一人の要介護者に対するケアの連続性を確保できるよう、「ライヴァルとも協力する」連携を模索する責任を伴う場合もあるでしょう。
こうした重大な使命を担う介護事業の進化に対し、日本介護経営学会を通じて貢献を目指すわれわれの設立趣意に賛同する方々の積極的参加を期待しております。
しかし、活動を実施する上での不動産など資産の保有や様々な契約の際に支障が出ることも予想されるため、法人化は急務の課題です。さらに、この会はほとんどの役員がボランティアで参加しており、営利を目的とする団体ではないので、いわゆる会社法人は似つかわしくありません。また、介護保険関連の研究調査等の学術活動並びに介護関連事業等の効率的な経営によって国民の福利に資し、もって国民の福祉の増進に寄与することを目的とする観点から、特定非営利活動法人の設立が望ましいと考えています。
2005年3月14日
設立発起人一同
設立代表者
田 中 滋